論告官

論告官(〔独〕Generalanwalt、〔仏〕avocat général、〔英〕Advocate General)は、欧州司法裁判所において、独立の立場から裁判所に対して、論告として判決を提案する官職である。

訳語の問題

ここで「論告官」と訳したもの(〔独〕Generalanwalt、〔仏〕avocat général、〔英〕Advocate General)をいかに訳すか、というのは、それだけで大きな問題である。

なぜ問題かといえば、日本の裁判所には相当する制度がないため、我が国の法概念に適切な訳語が存在しないからである。

そこで、訳語を検討する必要が生じるが、まずは、語源的に(etymologisch)考えてみよう。

試みにドイツ語から考えてみると、「Generalanwalt」という概念は、「general」と「Anwalt」の二つの概念に分解することができる。「弁護士(Rechtsanwalt)」と「検察官(Staatsanwalt)」の二つから分かるように、「Anwalt」というのは、法曹のうち弁論を担当する者を包括する(つまり、「裁判官(Richter)」や「公証人(Notar)」を含まない)概念であるが、これに相当する概念は日本語には存在しない。したがって、これに「一般の(general)」という形容辞を付した「Generalanwalt」という概念についても、そもそも直訳方式では対応できないことが分かる。

また、フランス語についても、必ずしも弁護士の意味で「avocat」という概念が使用されているわけではなく、後述するように、フランス法における「法院検事(avocat général)」のような用法もある。したがって、やはり、ここでも直訳方式では対応できない。また、ラテン語の語源である「アドウォカートゥス(advocatus)」(「~に(ad)呼ぶ(vocare)」)に溯っても、訳語について有益な情報が得られるわけではない。

なお、欧州諸共同体の成立事情からして、英語は設立当初の公用語ではなく、「Advocate General」についても、単なるフランス語の「avocat général」の直訳であると思われるため、そもそも「Advocate General」は、訳語を考える上の出発点として不適切である。

以上により、語源的に訳語を確定することは不可能であることになる。

次に、沿革的な点から訳語を確定することを検討してみよう。この点で非常に参考になるのは、伊藤洋一「EC判例における無効宣言判決効の制限について(1)」(法学協会雑誌111巻2号161頁以下)206-208頁である。

この文献によれば、欧州司法裁判所におけるGeneralanwalt/avocat généralのモデルとなったのは、フランスのコンセイユ・デタ(Conseil d'Etat、国務院)におけるコミセール・デュ・グヴェルヌマン(commissaire du gouvernement、政府委員)である。コミセール・デュ・グヴェルヌマンは、コンセイユ・デタ(一種の行政裁判所)において、独立の立場から論告(conclusions)を提示することを主たる任務とする官職である。

しかし、「政府委員」という名称はその実を正確に反映していないため、欧州司法裁判所への導入時にこの術語は避けられ、代わりにクール・ドゥ・カサシオン(Cour de cassation、破棄院)及びクール・ダペル(Cour d'appel、控訴院)に配属される「アヴォカ・ジェネラル(avocat général、法院検事)」が術語として採用された。

この意味では、フランス法上の「アヴォカ・ジェネラル」にあてられている「法院検事」という訳語が一つの候補となりうるが、先にも述べたとおり、欧州司法裁判所に継受された制度の内実は「法院検事」ではなく「政府委員」だったことに鑑みれば、この訳語も、実を反映していることにはなりえず、不適切である。

そこで、伊藤教授は、フランス法のコミセール・デュ・グヴェルヌマンの訳語の一つとして使用されている「論告担当官」という訳語を、いずれの官職も「論告」の提示を主たる任務している点で共通することを理由として、欧州司法裁判所のGeneralanwalt/avocat généralにも使用することを提案する。

ところで、欧州司法裁判所のGeneralanwalt/avocat généralに比較的よく使用されている訳語の一つに、「法務官」という訳語がある。ただ、「法務官」というと、古代ローマにおけるプラエトル(praetor、「先行者」の意)の訳語として使用されるのが通常である。そして、プラエトルは、告示権(ius edicendi)に基き方式書を告示し、各事件において資格審査・争点決定などの準備手続を行う官職であるから、欧州司法裁判所のGeneralanwalt/avocat généralとは任務を異にする。したがって、やはり、欧州司法裁判所のGeneralanwalt/avocat généralの訳語としては不適切である。

しかし、「法務官」という訳語は、古代に有したプラエトルの権威(当時、裁判官(iudex、審判人)は私人であり、事実上裁判官は法務官の告示に従った)から考えても、欧州司法裁判所において、裁判官とまったく対等に遇されているGeneralanwalt/avocat généralの権威をうまく表現している長所がある(Generalanwalt/avocat généralが裁判官とまったく対等に遇されていることは、儀礼慣例覚書(Protokoll)上の席次表を見れば分かる)。

そこで、「論告担当官」と「法務官」のそれぞれもつ長所(「論告担当官」については、論告の担当者という内実、「法務官」については、裁判官との対等性という内実をうまく表現している点)を掛け合わせて、本紙においては、「論告官」という訳語を採用することにした。

もちろん、「論告官」という訳語は、「法務官」に付きまとう歴史的な権威感から切断されるわけだが、これは、プラエトルとの混乱を防ぐという点で、術語としてかえって好都合である。そもそも、「先行者」を意味するプラエトルに「法務官」の訳語を当てる必然性はそもそも存在しなかったはずで、これにあえて「法務官」という訳語が選択されたのは、「法務官」という日本語の響き自体が有している権威感(「裁判官」と同じく漢字三文字の語の織り成す引き締まった語感)に依るところが大きい。

そうだとすれば、「論告官」についても、同様の権威感を獲得することは可能であるはずである。実際に、「裁判官」と「論告官」の両者は、日本語の響きとして対等感を感じさせるものとなっていると思われる。

現在在任中の論告官(席次順)

  • 主席論告官(Erste Generalanwältin):クリスティーネ・スティックス=ハックル(Christine Stix-Hackl)/オーストリア
  • 論告官:フランシス・ジェオフリー・ジェイコブス(Francis Geoffrey Jacobs)/連合王国
  • 論告官:フィリップ・レジェ(Philippe Léger)/フランス
  • 論告官:ダマソ・ルイス=ハラボ・コロメル(Dámaso Ruiz-Jarabo Colomer)/スペイン
  • 論告官:アントニオ・ティッツァーノ(Antonio Tizzano)/イタリア
  • 論告官:レーンデルト・アドリー・ヘールフート(Leendert Adrie Geelhoed)/オランダ
  • 論告官:ユリアーネ・ココット(Juliane Kokott)/ドイツ
  • 論告官:ルイス・ミゲル・ポヤレス・ペソア・マドゥーロ(Luís Miguel Poiares Pessoa Maduro)/ポルトガル