欧州司法裁判所

欧州司法裁判所(〔独〕Gerichtshof der Europäischen Gemeinschaften、〔仏〕Cour de justice des Communautés européennes、〔英〕European Court of Justice)は、欧州諸共同体の司法機関である。ドイツ語の略称は、EuGH(オイゲーハー)。フランス語の略称は、CJCE(セジセウ)。英語の略称は、ECJ(イーシージェイ)。

欧州第一審裁判所とともに、欧州共同体法の解釈と適用について司法権を有する(欧州共同体条約220条1項)。また、限定的にではあるが、欧州共同体法以外のEU法についても管轄も有する(欧州連合条約46条に限定列挙されている)。

訳語

本項では、国際連合のICJ(International Court of Justice)が「国際司法裁判所」と訳されていることに平仄を合わせ、英語の「European Court of Justice」から「欧州司法裁判所」と訳した。日本語において最も流布している呼称であると思われる。

ドイツ語やフランス語から直訳する場合には、「欧州諸共同体裁判所」と訳すべきであろう(なお、この裁判所が、欧州共同体の裁判所と欧州原子力共同体の裁判所を兼務する性質の機関である以上、「欧州共同体裁判所」と訳すのは誤解を招くので不適当である)。しかし、この訳語は余り流布していないので、ここでは敢えて避けた。

但し、欧州憲法条約施行後には、英語の名称も「Court of Justice of the European Union」となる予定なので、施行後には「欧州連合裁判所」という訳語に変更すべきであろう。ドイツ語でも「Gerichtshof der Europäischen Union」、フランス語でも「Cour de justice de l'Union européenne」と変更される。

構成

欧州司法裁判所の構成員は、裁判官と論告官である。裁判官は、文字通り事案について最終的な判決を下す。論告官は、判決の叩き台となる判決提案を行う。裁判官は、論告官の判決提案に法的に拘束されるわけではないが、論告官の判決提案には相応の事実上の影響力がある。論告官の役割については、日本には相当する官職がないために理解しにくい部分があるが、詳しくは論告官の項を参照されたい。

裁判官と論告官は、プロトコル(儀礼慣例覚書)上はまったく同列とされる。纏う法服もまったく同じで、光沢のあるワインレッドの法服である。但し、長官は裁判官から選出されるのが慣例であり、現在の長官は、裁判官であるヴァシリオス・スクリスである。

言語

欧州司法裁判所においては、裁判官・論告官・原告・被告の出身地はEU25か国のいずれでもあり得るため、その間の母国語が一致しないのが通例である。このため、使用する言語に関して厳密な規定を設けておく必要がある。この観点から規定されているのが、手続言語(Verfahrenssprache)と作業言語(Arbeitssprache)の二つである。

手続言語は、法定手続において使用する言語であり、原告・被告の出身国により決定される(したがって、個々の手続によって異なる)。このため、原告・被告は母国語により弁論し、書面を提出できる。これは、言語により訴訟上の不利益が生じてはならないという配慮からである。他方、裁判官は、手続言語によって訴訟指揮を行わねばならないので、多言語に通じている必要がある。実際、この裁判所の裁判官は数ヶ国語を流暢に操る。

作業言語は、裁判官・論告官が会議を行ったり事件について討議したりする場合に使用する言語である。作業言語は、フランス語のみである。したがって、裁判官・論告官は、フランス語を流暢に操ることができなければならない。

管轄

欧州司法裁判所の管轄は、厳密にEU法の解釈・適用に限定されており、国内法規範に基づいて判断を下すことはない。しかも、国際裁判所としての性格も兼併している。このため、日本の裁判システムとはまったく異なる管轄のあり方となっており、注意が必要である。

まず、事例として最も中心的なのは、いわゆる「先決手続」(Vorabentscheidungsverfahren)である。これは、国内裁判所において具体的な事案の判断の際にEU法の解釈に疑義が生じた場合に、国内裁判所が欧州司法裁判所に対して解釈を尋ねることをいう。仕組みとしては、ドイツの連邦憲法裁判所の「具体的法令審査」(konkrete Normenkontrolle)と同じである。国内裁判所からの伺いが立てられると、欧州司法裁判所は事案を審理し、国内裁判所に対して回答を判示する。この判断は、国内裁判所を法的に拘束し、国内裁判所はその判断に従わなければならない。こうすることにより、EU法の解釈の一体性や法的安定性が保たれる。

次に、注目に値するのが、「条約侵害手続」(Vertragsverletzungsverfahren)である。これは、条約違反をしている加盟国を被告とするものであり、国際裁判所としての欧州司法裁判所の性格がよく現れている管轄形態である。これには、欧州委員会が原告となるものと、加盟国が原告となるものの2種類がある。後者は、加盟国同士の紛争を欧州司法裁判所がEU法に基づいて法的に裁くものであるから、戦争抑止の意味合いもあるわけだが、政治的に微妙な問題を孕むものであるため、実際に使用されることはほとんどない。実際に見かけるのはほとんどが欧州委員会が加盟国を訴えるケースである。それも、共同体指令を加盟国が転換していない事案がほとんどである。

それから、「無効訴訟」(Nichtigkeitsklage)・「不作為訴訟」(Untätigkeitsklage)という訴訟形態がある。前者は、欧州諸共同体の機関の違法行為を無効とすることを求める訴訟である。後者は、欧州諸共同体の機関の特定の違法不作為を確認する訴訟である。被告となるのは、いずれも共同体機関である。原告となるのは、共同体機関・加盟国・個人である。共同体機関が原告となる場合には、要するに共同体機関同士の争訟ということになるので、機関訴訟(Organstreit)としての性格を帯びる。加盟国が原告となる場合には、条約侵害手続とちょうど対照的な訴訟形態となる。個人が原告となる場合には、行政訴訟法上の取消訴訟や義務付け訴訟に近い性格を帯びる。但し、実際には不作為訴訟はほとんど利用されていない。

欧州司法裁判所の著名判決

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