一次法
一次法(独:Primärrecht)とは、EU法における一次的法源、または、それにより生起した法規範の総称をいう。これに対して、一次法を根拠として定立された法源、または、それにより生起した法規範を二次法(独:Sekundärrecht)という。
理論
一般に、国際法秩序において、国際組織は、国家の意思により設立される(これは、国内法秩序において、会社などの社団が、人(自然人・法人)の意思により設立されるのとパラレルに考えることができる)。したがって、国際組織は、設立者たる国家の意思により、目的・権限・機関構成・存続期間等の組織の基本的秩序が決定される。そして、国際組織は、設立者たる国家の制定した基本的秩序の法的な拘束を受ける。通常、このような基本的秩序は、国際条約の形で明示される。
この理は、EUにおいても同じで、EUとその構成要素である欧州共同体・欧州原子力共同体も、設立者たる国家の制定した基本的秩序に法的に拘束される。特に、旧欧州石炭鉄鋼共同体、旧欧州経済共同体(現在の欧州共同体)、欧州原子力共同体については、加盟国がこれらの国際組織に高権を移譲することにより超国家組織としての性格を有することから、この点について比較的厳密に規定がなされており、限定個別授権原則(欧州共同体条約5条1項)や競合管轄事項での補充性原則(欧州共同体条約5条2項)が規定されている。また、欧州連合条約5条も、主要機関についてのみであるが、同様の趣旨を明らかにしている。
したがって、EU法において、一次法は、個々の国際組織及びその機関が行為する場合に、権限を付与する権限規範となり(付与された権限以外は原則として行使できず、立法行為も含めて無権限の行為は無効となる)、また、禁止事項等を規定する制限規範ともなるのである(例えば、欧州連合条約6条2項の人権規範)。
法源
具体的に一次法源とされているものは、次のものである:
- 設立条約(Gründungsverträge)
- 法の一般原則(allgemeine Rechtsgrundsätze)
- 国際慣習法(völkerrechtliches Gewohnheitsrecht)
1.設立条約
設立条約により国家の意思は最も明確に表示される。また、EU法における設立条約の規範数は厖大な数にのぼるので、多くの場合、設立条約を参照すれば十分であることが多い。したがって、設立条約は、実務上最も重要な一次法源である。
一次法源にリンクを付して時系列順に並べれば、次のようになる:
- 欧州石炭鉄鋼共同体条約(EGKSV、オリジナル・ヴァージョン)
- 欧州経済共同体条約(EWGV、オリジナル・ヴァージョン)
- 欧州原子力共同体条約(EAGV、オリジナル・ヴァージョン)
- オランダ領アンティルに関するプロトコル(1962年)
- 合併条約(Fusionsvertrag、1965年)
- 特定の歳出入規定を改正する条約(1970年)
- 西方拡大加盟条約
- 特定の財政規定を改正する条約(1975年)
- 欧州投資銀行規程についてのプロトコル(1975年)
- グリーンランド条約
- ギリシア加盟条約
- スペイン・ポルトガル加盟条約
- 単一欧州議定書(EEA、1986年)
- 改正欧州石炭鉄鋼共同体条約
- 改正欧州経済共同体条約
- 改正欧州原子力共同体条約
- マースト リヒト条約(欧州連合条約=EUV、オリジナル・ヴァージョン)
- 改正欧州共同体条約(EGV、マーストリヒト・ヴァージョン)
- 改正欧州石炭鉄鋼共同体条約(EGKSV、マーストリヒト・ヴァージョン)
- 改正欧州原子力共同体条約(EAGV、マーストリヒト・ヴァージョン)
- 北方拡大加盟条約
- アムステルダム条約
- 改正欧州連合条約(EUV、アムステルダム・ヴァージョン)
- 改正欧州共同体条約(EGV、アムステルダム・ヴァージョン)
- 改正欧州石炭鉄鋼共同体条約(EGKSV、アムステルダム・ヴァージョン):ニース条約4条により改正されることになっていたが、ニース条約の施行に先立って、欧州石炭鉄鋼共同体条約の有効期限が徒過したため、結局、アムステルダム・ヴァージョンが最終ヴァージョンとなった。
- 欧州原子力共同体条約(EAGV、アムステルダム・ヴァージョン
- ニース条約
- 改正欧州連合条約(EUV、ニース・ヴァージョン=現行法)
- 改正欧州共同体条約(EGV、ニース・ヴァージョン=現行法)
- 改正欧州原子力共同体条約(EAGV、ニース・ヴァージョン(ニース条約3条による改正)=現行法)
- 欧州連合の拡大に関するプロトコル
- 欧州司法裁判所規程に関するプロトコル
- 欧州石炭鉄鋼共同体条約の失効の財政的帰結について、および、石炭鉄鋼研究基金についてのプロトコル
- 欧州共同体条約67条〔ヴィザ・アジール・移民等に関する各国行政庁の担当部局間および欧州委員会と各国行政庁の担当 部局の間の協力を保障する措置〕についてのプロトコル
- 欧州基本権憲章
- 最終文書(諸宣言を含む)
- 東方拡大関連文書
- 加盟文書(加盟の条件に関する文書)
- 第一附属書(加盟の時から新規加盟国を拘束し、および、新規加盟国において適用されるべき、欧州連合の枠組に関連付け られたシェンゲン・アキ、および、その上にまたは他の方法でこれに関連した法文書の(加盟文書3条による)規定の目録)
- 第二附属書(加盟文書20条によるリスト)
- 物の取引の自由
- 人の移転の自由
- サーヴィス取引の自由
- 会社法
- 競争政策
- 農業
- 漁業
- 交通政策
- 税制
- 統計
- 社会政策および雇用
- エネルギー
- 中小企業
- 教育・職業訓練
- 地域政策および構造的道具立ての調整
- 環境
- 消費者保護・衛生
- 司法および内務分野における協力
- 関税連合
- 対外関係
- 共同外交安全保障政策
- 機関
- 第三附属書()
- 第四附属書(加盟文書22条によるリスト)
- 第五附属書(加盟文書24条によるリスト:チェコ共和国)
- 第六附属書(加盟文書24条によるリスト:エストニア)
- 第七附属書()
- 第八附属書
- 第九附属書
- 第十附属書
- 第十一附属書
- 第十二附属書
- 第十三附属書
- 第十四附属書
- 第十五附属書
- 第十六附属書(加盟文書52条1項によるリスト)
- 第十七附属書(加盟文書52条2項によるリスト)
- 第十八附属書(加盟文書52条3項によるリスト)
- プロトコル
- 最終文書
- 欧州憲法条約草案:法源ではないが、便宜的にここに置く。
2.法の一般原則
法の一般原則も、EU法の一次法源となりうる。特に、欧州共同体法における人権法の発展において大きな役割を果たした。
3.国際慣習法
すべての国際組織は国際法に基いて設立される以上、国際慣習法もEU法の一次法源となりうる。しかし、EUにおいては、大抵のことであれば明文のルールが存在するため、国際慣習法を引き合いに出す必要性は少ない。