ベニータ・フェッレーロ=ヴァルトナー

ベニータ・フェッレーロ=ヴァルトナー
© European Community, 2005

ベニータ・フェッレーロ=ヴァルトナーは、オーストリア国民党(ÖVP)の政治家。女性。法学博士。バローゾ欧州委員会において、外交・欧州近隣政策担当委員をつとめる。母国語のドイツ語のほか、フランス語・英語・スペイン語・イタリア語を話す。

バイオグラフィー

フェッレーロ=ヴァルトナーは、1948年9月5日にオーストリアのオーベルンドルフ(Oberndorf)で歯科医師の家に生まれた。1966年にザルツブルクの実業ギムナジウム(Realgymnasium)の卒業試験に合格、引き続き、ザルツブルク大学にて法学を学んだ。

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1970年、法学博士号を授与され、ビジネスの世界に身を投ずる。その後、1983年までのキャリアは次の通り:

  • 1971年~1972年:パウル・キーフェルGmbH勤務
  • 1972年~1978年:ゲルンス&ガーラーGmbH勤務
  • 1978年~1981年:P.カウフマンInc.欧州担当セールスマネージャー
  • 1981年~1983年:ゲルンス&ガーラーGmbHマネージャー補佐

この間、1974年にヴォルフガング・シュテル(Wolfgang Sterr)と最初の結婚をするが、1983年に離婚する。

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1984年に外交官に転身。その後のキャリアは次の通り:

  • 1984年:在スペイン・オーストリア大使館(マドリッド)特別審議官
  • 1984年~1986年:オーストリア外務省にて、経済局、政治局、領事局を歴任
  • 1986年:在セネガル・オーストリア大使館(ダカール)第一事務官
  • 1986年~1987年:オーストリア外務省開発協力局
  • 1987年~1993年:在フランス・オーストリア大使館(パリ)にて、経済顧問、第一顧問兼副使節団長、代理大使を歴任
  • 1993年:オーストリア外務省副書記長
  • 1993年~1995年:国際連合にて、ガリ事務総長の下、初の女性書記長

この間、1993年には、フランシスコ・フェッレーロ=カンポス(Francisco Ferrero-Campos)と結婚。

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1995年には、オーストリアの外務事務次官に就任。2000年には、オーストリアの外務大臣に就任。いずれも、女性として初めてである。2003年には、最初の結婚を教会法上無効とすることに成功、フェッレーロ=カンポスと教会婚を挙げる。

2004年には、オーストリア国民党の大統領候補として名乗りを上げるが、オーストリア社会民主党のハインツ・フィッシャーに敗れる。その後、欧州委員会委員就任の声がかかり、オーストリア外務大臣の座は同じくオーストリア民族党の女性政治家であるウルズラ・プラスニク(Ursula Plassnik)に譲る。第一次バローゾ委員会の発足とともに、外交・欧州近隣政策担当委員として入閣。

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