基本価値

基本価値(独:Grundwerte)とは、公共体の基盤を形成する基底的な倫理的価値。基底的価値とも訳される。

EUにおける基本価値

EUにおいては、欧州連合条約6条1項が基本価値を法定している。これによれば、欧州連合は、次の原理に立脚し、かつ、これらの原理は、すべての加盟国に共通のものである:

  1. 自由の原理(Grundsatz der Freiheit)
  2. 民主制原理(Grundsatz der Demokratie)
  3. 人権・基本的自由尊重の原理(Grundsatz der Achtung der Menschenrechte und Grundfreiheiten)
  4. 法治国家の原理(Grundsatz der Rechtsstaatlichkeit)

なお、基本権(Grundrechte)とは、人権や基本的自由が実定化したものであるが、欧州連合条約6条2項は、欧州人権規約に実定化された基本権と、加盟国の共通憲法伝統から法の一般原則として帰結する基本権を保障することとして、人権・基本的自由尊重の原理を実効的なものにしている。

加盟国がこれらの基本価値に違反した場合には、加盟国の理事会における権利が停止される。その手続については、欧州連合条約7条が規定している。

かつて、オーストリアにおいて極右民族主義者のヨルク・ハイダー(Jörg Haider)が党首をつとめるオーストリア自由党(FPÖ)が連立政権を組んだため、EUにおいて対オーストリア制裁が加えられたが、その際の根拠は不明確であり、欧州連合条約7条に基くものではなかったとされる。

ドイツにおける基本価値論争

ドイツにおいては、1970年代に、「基本価値論争」と呼ばれる論争が行われた。この論争について知るのに非常に参考になるのが、日比野勤「基本価値論争をめぐって―現代西ドイツ国法学界管見―」(芦部信喜先生還暦記念『憲法訴訟と人権の理論』(東京、1985年)843頁以下)である。

この文献によれば、「要するに、自由な国家は、倫理的中立性を命じられているが、同時に、一定の倫理的基盤のうえに基礎づけられている。では、この倫理的基盤の存続はどのようにして保障されうるのであろうか。自由な国家は倫理的同質性を確保する権限を有するのか。この基盤が共同態の自由なコンセンサスによって支えられていない時に、自由な国家は、その確保のために諸々の支配工具を投入することができるのか。基本価値論争において争われたのは、この問題であった」(845頁)。

日比野教授によれば、基本価値論争の論点は:

  1. 自由な国家はおよそ価値の領域とかかわりをもちうるのか?
  2. 国家がかかわる価値はいかなる形体のものか?
  3. 国家がかかわる価値の内容を決定するのは誰か?

の三つに整理できる(852頁)。

一つ目の論点については、統一的道徳観に立脚する市民社会(societas civitas)が最早存在せず、しかも、国家の役割が多様化している以上国家が没価値的であることは不可能であるから、現代において、国家が価値とかかわりをもつことを否定することは不可能である(853-854頁)。

二つ目の論点については、「国家が確保すべき実体的価値が存在する」と主張する実体説と、「国家が確保すべき価値は価値コンセンサスであり、国家は価値コンセンサスの公証人にすぎない」と主張するコンセンサス説の対立にまとめられる(854-855頁)。

三つ目の論点については、コンセンサス説によれば価値形成は政治的意思形成に委ねられることになるのに対して、政治的意思形成に対抗して守るべき実体的価値が存在するとすれば、それを守る国家機関は連邦憲法裁判所だということになるので、結局、三つ目の論点は二つ目の論点に収斂される(854頁)。