公法と私法の区別

公法と私法の区別は、近代ヨーロッパに歴史的に生じた原理・現象である。EU法(狭義のヨーロッパ法)は、一方でこの原理を拡張するとともに、他方でこの原理を修正する役割を果たしている。

沿革

公法と私法を区別することの歴史的な意義は、中世的な国制(アンシャン・レジーム)を否定することにある。

中世は身分社会であったために、人は平等ではなく、身分により人が有する権利義務が決まっていた。

  • まず、中世においては、土地は封建制の基礎を成していたため、自由な売買の対象とはされなかった。つまり、土地を封土として臣下に封ずることによって、君主と臣下の間の封建的な権利義務関係が成立していたのであり、これが重層的に折り重なることにより、中世の国制は成り立っていた。したがって、土地に関する権利関係は、単なる私的な経済的関心事ではなく、国家的・公共的な関心事であった。
  • また、婚姻も、封土の相続を予定するものであるため、同じ理由によって、国家的・公共的な関心事となる。

このように、中世においては、私法が公法から分化してはならない必然性が存在した。

ところが、市民革命によって人が自由・平等の存在となった。これにより、平等な権利義務を有する人が、(公共的な関心からではなく)私的な関心から自由に取引を行う、純粋な経済社会としての市民社会(bürgerliche Gesellschaft)が成立した。これが、ヨーロッパの近代(Neuzeit)である。近代ヨーロッパにおいては、国家の役割はこの市民社会を保護することに限定されることになる。かくして、国家(Staat)と社会(Gesellschaft)が分化する。

ここに、初めて私法と公法が分化するわけである。すなわち、私法は公法から分離し、市民社会の法となる。

なお、近代においては土地に対する支配権は絶対的となり、ここに土地が純粋な経済財として取引される前提が整った。中世的な秩序においては、土地に関する権利関係は錯綜しており(もともと君主が有する土地を封土として臣下に与え、臣下が領主として農民に対する支配権を有するが、実際に耕作するのは農民である)、しかもこれが公共的・国家的な関心と結合していたので、経済財として取引するには向いていなかった(したがって、その権利関係の変更は、戦争か相続によるしかなかった)。

学説

公法と私法の区別の基準については、考え方の対立がある。

  • 利益説(Interessentheorie):「公法はローマのこと(公共)のあり方を見据えた法であり、私法は個人の効用を見据えた法である(publicum ius est quod ad statum rei Romae spectat, privatum quod ad singulorum utilitatem)」というローマ法諺(法格言)に由来する考え方。これは、法の規律する生活関係を基準として公法と私法を区別する考え方である。
  • 従属理論(Subordinationstheorie):法主体間の自由・平等を指導原理とするのが私法であり、法主体間の上下関係を指導原理とするのが公法であるという考え方。

独占禁止法などでは、公法的な手法により、私人間の経済関係を規律するために、公法と私法の間の両義的存在(アンビヴァレンツ)となる。EU法の核心である「四つの自由」に関する法制度も、市民の経済関係を対象とする以上、利益説によれば私法であり、従属理論によれば公法である。ただ、独占禁止法も「四つの自由」法制度も、自由競争の阻害防止や通商障壁の撤廃を通じて、実は法主体間の自由・平等を拡張することを目的とする点で、特異な存在である。

この点で、法主体間の自由・平等を修正しようとする社会法と異なるヴェクトルを指すわけであるが、他方で、共同体法は、労働法制・社会法制や各業界の規制(食品の安全性など)に関する規律も含むため、このヴェクトルをも併有する。

したがって、EU法は、公法と私法の区別を原理を拡張するとともに、修正する。