ヨーロッパ法
© European Community, 2005
ヨーロッパ法(独:Europarecht、仏:droit européen、英:European Law)は、欧州統合の過程を法的な観点から考察する、法学の一分野である。文脈により、広狭二つの意味を持ちうるので、注意を要する。
総説
二つのヨーロッパ法の概念
ヨーロッパ法の概念は、第一に、「欧州の国際組織の法」を広く指称する意味で用いられる(広義のヨーロッパ法の概念)。欧州の国際組織にはさまざまなものがあるが、このうち、欧州統合の中心をなすのは欧州連合(EU)であり、この欧州連合の法のみをとりわけて「ヨーロッパ法」と呼ぶこともある(狭義のヨーロッパ法の概念)。
EU法
後者と同じものを指すのに、英語では「European Union Law」「EU Law」という表現も用いられるが、誤解を避けるためにはこの概念のほうが優れている。日本では「EU法」という呼称がよく用いられる。なお、EU法の中身の一部を指称するのに、「共同体法」・「連合法」などの概念も用いられるが、これについては後述する。
まとめ
以上を図示すれば、次のようになる:
- 広義のヨーロッパ法:欧州の国際組織の法
- 狭義のヨーロッパ法:EU法(共同体法+連合法総論・各論)
実証主義的「法」概念の有害性
以下では、広狭二つの概念について分析を加えていくが、その前に、その共通因子である「法」(ius, diritto, derecho, droit, Recht)のイメージについて、簡単に注意を喚起しておく必要があるだろう。
ヨーロッパ法は、今日ではかなりその性質を変じているとはいえ、本来その存在基盤を国際法に置くものであるから、「法=公権力により実現される強制規範」というような実証主義的法理解は、以下に述べるとおり、ヨーロッパ法を理解する上ではきわめて有害である。
ソフト・ロー
第一に、ヨーロッパ法においては、公権力による強制が可能であるとは限らない。
もちろん、EU法の分野において、強制のメカニズムが次第に整えられつつあるわけではあるが、それでも、強制のメカニズムには濃淡のスペクトルムがあり、しかも、強制のメカニズムの間隙となっている部分すら存在する。また、EU以外の広義のヨーロッパ法の秩序においては、強制のメカニズムはほとんど整っていない。
基本価値
第二に、ヨーロッパ法は、基本価値にコミットした価値的な法秩序である。
強制のメカニズムのみに着目し、価値をその考察から外してしまうような実証主義的な法理解によるとすれば、ヨーロッパ法という法秩序の核心をなす法価値を見過ごしてしまう危険があるだろう。したがって、実証主義的法理解は、ヨーロッパ法という価値的な法秩序を分析するのには不適切である。
かつて、ヨーロッパ的法伝統の元祖の一人であるウルピアーヌスは:
「法とは、善と衡平の技芸である」(ius est ars boni et aequi)、
「法学とは、〔・・・〕正義と不正義を知ることである」(iuris prudentia est ... iusti atque iniusti scientia)
と喝破した。この伝統の通り、まさにヨーロッパ法は、基本価値を知り、基本価値を実現し、基本価値を輸出する法秩序なのである。
広義のヨーロッパ法
広義において、ヨーロッパ法とは、ヨーロッパの国際組織の法である。そこで、「ヨーロッパの国際組織」とは何を意味するかが問題となる。この問題に一義的な回答を与えている文献は、管見の限りでは余り見当たらないが、例えば、ミヒャエル・シュヴァイツァーは、次のような国際組織を挙げている(Michael Schweitzer, Staatsrecht III, 7. Aufl., Heidelberg, Rn. 15):
- ベネルクス経済連合(BENELUX)
- 核研究のための欧州会議(CERN)
- 欧州原子力共同体(EAG)
- 欧州交通大臣会議(EKV)
- 欧州自由貿易連携協定(EFTA)
- 旧欧州石炭鉄鋼共同体(EGKS):既に消滅
- 欧州人権条約(EMRK)
- 欧州特許組織(EPO)
- 欧州宇宙局(ESA)
- 欧州会議(Europarat)
- 欧州共同体(EG)
- 欧州連合(EU)
- 国際エネルギー局(IEA)
- 北大西洋条約組織(NATO)
- 北欧会議(Nordischer Rat)
- 経済協力開発組織(OECD)
- 欧州安全保障協力会議(OSZE)
- 西欧連合(WEU)
狭義のヨーロッパ法の概念
上記の国際組織うち、欧州統合の中心となり、また、加盟国の国内法秩序にとくに顕著な影響を与えてきたのは、次の4つの組織である:
- 旧欧州石炭鉄鋼共同体
- 欧州共同体
- 欧州原子力共同体
- 欧州連合
そこで、これら4組織の法秩序を総称して、「狭義のヨーロッパ法」という。もっとも、1990年代前半における欧州連合の設立により、欧州石炭鉄鋼共同体(当時)・欧州共同体・欧州原子力共同体の三共同体は欧州連合に包摂されることとなったので、単に欧州連合の法といってもよい。
なお、このうち、欧州石炭鉄鋼共同体は、2002年7月23日に期限が到来したため、すでに消滅している。また、欧州憲法条約が発効すれば、欧州共同体と欧州原子力共同体も解消されて欧州連合(EU)に一元化されることになる予定である。
狭義のヨーロッパ法の理論的構造と実際の呼称
現在のところ、この法秩序は、理論的には、次のような構造をしている:
- 欧州連合法
- 連合法総論
- 連合法各論
- 共同体法
- 欧州共同体法
- 欧州原子力共同体法
- 共同外交安全保障政策法
- 刑事警察司法協力法
もっとも、実際上は、「連合法(Unionsrecht)」という概念は、共同体法を含んだものとして使われることは少なく、むしろ、EU法のうち共同体法でない部分(総論・共同外交安全保障政策法・刑事警察司法協力法)、すなわち、市販の法源集で欧州連合条約が主として参照される部分が「連合法」として呼ばれる場合が多い(欧州連合条約は本来共同体諸条約の改正規定を含むが、市販の法令集ではそれらの規定は通常省略されている)。
ヨーロッパ法の諸分野
ヨーロッパ法を政策領域ごとに各論化することも行われる。この場合、それぞれの分野の法規範の中心をなすのは、共同体法である。
- ヨーロッパ競争法
- ヨーロッパ通商法
- ヨーロッパ国際私法
- ヨーロッパ刑事法
- ヨーロッパ農業法
- ヨーロッパ漁業法
- ヨーロッパ会社法
- ヨーロッパ・メディア法
- ヨーロッパ知的財産権法
- ヨーロッパ環境法
- ヨーロッパ教育法
また、「ヨーロッパ経済法」という呼称が用いられることがあるが、これは、共同体法の総論部分のうち、共同市場・域内市場の設立に関する法規範と、上記の政策領域による区分のうち、経済生活に関わる領域の法規範を、まとめて指す場合が多い。